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生ける

花や草木に宿る精霊。神秘が宿る植物を花器のうえで包括的に表現するという自然崇拝の芸術。江戸後期から続く華道の流派のひとつ、池坊正流(いけのぼうしょうりゅう)の六世家元、土井翠亮さんは「生けた人の想い、そしてちいさな花器に映しだされる情景を感じてください。おもてなしの心や季節感が思い浮かべられると思います」と優しく話してくれました。枝のひとつずつ、葉の組み合わせ。生けるときは無心で花に没頭する。家元の手さばきには迷いがなくするすると。そしてしなやかで軽やかな動きには驚きすら覚えました。華道において花と向きあう事は人とのつきあいに似ているともいいます。扱いづらい花材もありますが、切り捨てるのはではなくいい部分を取り入れて他との関係性を考え、特徴を活かす工夫を。古典華を基調とする池坊正流では季節感を大切にし、過度な創作は控えめで実直で自然調ではありますが、凛とした美しさをまとっていました。そう感じたのは、野花や庭に咲く花たちを「きれいだな、美しいな」と思うことの延長線上にあるような気もします。四季のある日本に生まれたからには花を愛でる気持ちを大切にしたい。そして「和」の美の完成形のひとつである華道に触れることもまた「和」のこころを大切にする機会にもなることでしょう。