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駒師

大澤 建夫

おおさわ たてお

伝統文化を支える業から見る駒への愛。

大人から子どもまで、世代や性別を超えて実に多くの人に親しまれている日本の伝統的な遊びであり、競技でもある「将棋」。現在では、インターネットの普及や、将棋盤や駒が昔と比べてはるかに手に入れやすくなったことから、将棋人気がじわじわと高くなってきている。本誌では、その将棋という日本の伝統文化を土台から支えている富士宮市在住の『駒師』を紹介したい。 『駒師』とは、文字通り将棋の駒を彫ることを生業としている職。富士宮市在住の大澤さんはその一人。駒師としての活躍は「富月(ふげつ)」という名で広く業界には知れ渡っており、現在までに千組以上の駒を仕上げているのだが、注目すべきはその腕前。なんと、プロのタイトル戦で使用されるほどの名人級なのだ。駒に入れる一片ごとに情熱を注ぎ、黙々と作業を進めるその姿からは、単に文字を彫るというより、魂を入魂しているかのような静かな気迫を感じる。

 将棋の駒を彫るという、ある種独特の仕事に就く大澤さん、駒を彫り始めたきっかけとなったのは将棋好きな3人の息子だったのだそう。息子さん達が、県内の大会に出場した際に、その対局をずっと見ていても対局の邪魔になってしまうからということで、空いた時間に少しずつ駒を彫っていたのだと言う。そんな小さなきっかけから大澤さんの駒作りが始まり、勉強していくなかで『駒に描かれる字体』が実に多いことや、『彫り駒』『彫り埋め』『盛り上げ』など文字の入れ方の違うこと、さらには木の種類によって出来上がった駒の風合いが変わることなど、その奥深さに触れていくうちに趣味から仕事へ変わっていったのだそうだ。駒作りの楽しさはそういったそれぞれの違いと、自分自身と向き合えることだと大澤さんは言う。「私は、駒を彫り始める時に毎回思っていることですが、前回よりもさらに良い作品にしようと思っています。良い物を作った後も、次回はさらに良い物を。そう思えることが楽しいです」と話してくれた。

しかし、現在ではインターネットの普及により、その場に駒と盤が無くてもパソコンの画面を通して将棋ができる環境にある。それは、将棋人口が増えている一方で、これまで将棋を支えてきた駒師は年々減っているという事実でもある。今、駒師として生計を立てている人は全国でも10人程しかいないのだそうだ。大澤さんは、「インターネットで将棋に興味を持ってもらったら、一度で良いから良い駒を使ってくれると嬉しいですね。やっぱり目の前に相手と駒があって、向き合いながら打つことも将棋の楽しさの一部だと思いますから」と話してくれた。全国的に駒師は減っている中、大澤さんのもとには、駒の彫り方を教えてほしいという地元の方が毎年のように訪れているのだとか。本格的に学びたい人や、老後の趣味として学びたい人など様々なのだそうだが、「駒作りの良いところは、誰でも簡単に始められることにある」と大澤さんは言う。そのため、自分の作品を彫るだけでなく、全国各地へ駒の彫り方の実演指導も積極的に行っている。最近では、台湾での実演もあったのだそうで、その活躍は国境を越えるほどになっている。

日本を代表する文化である将棋。それを支え続けている人が私達の住むこの地にいることを、この地に住む多くの方に知っていただきたい。